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2016.02.12 Friday

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    研修を終えて

    2014.04.02 Wednesday

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     私は、4月1日と4月2日の2日間、研修をさせていただきました。1日目の研修ではまず、人見建設社内を見学させていただきました。お客様の対応をする場所や、設計をする場所、大事な書類を保管する場所と1つ1つに明確な役割があることを知ることができました。
     その次に、倉庫に連れていってもらいました。倉庫には、私の想像していた木よりも、はるかに大きい木がたくさん何本もありました。また、木によって、重さや木の木目も全く違い、木は木でも種類が違えばこれだけの差があるのかと驚きました。その木を加工する機械も今までに見たことがないような大型の物がたくさんありました。木は現場で加工することは少なく、倉庫で加工した物を現場に持っていくことも知ることが出来ました。私が持ち上げようとしてみても、全く持ち上がらない木を、ベテランの大工さんは1人で担ぐことが出来るということを聞いて、私ももっと力を付けて、大きくて重い木でも担げるように努力したいと思います。現場に木を持って行くためにトラックを運転しないといけないので、路上の運転になれておきます。
     そして、倉庫の見学をさせていただいた後、現場の見学に行かせてもらいました。現場はペットショップから、そば屋さんに変わるとの事で、寸法を確かめたり、カウンターの場所や、そばを打つ場所など全て明確に決まっていました。また、臭いなどにも気を配っておられました。その現場を見学させていただいた後、もう1つの現場も見学させていただきました。そこは、古い家を新しくリフォームされていました。壁などが、徐々に新しくきれいになっていき、屋根なども古い木から新しい木になっていました。でも全てを新しくするのではなく、前の柱も活用しておられました。
     見学を終えてから、自分の道具の購入をしに行かせてもらいました。たくさん見たこともない道具があり、早くこれを全て使いこなしたいと思いました。
     2日目は、お客様の契約する場を見学させていただきました。初めてのお客様ということで、すごく緊張した雰囲気が流れていました。お客様の信頼を得る事は、やはり難しい事なのだと実感しました。
     2日間の研修を通して、とても勉強になる2日間でした。たくさん覚えることがありますが、早く現場でお役に立てるように努力し自分の技術を高めていきたいと思います。

    2014年4月入社 松田 拓(大工)

    大工の育成

    2013.05.24 Friday

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     弊社の社員大工は、現在、すべてが新規学卒者で、教育・訓練・育成した者になった。数年前までは中途入社の社員大工がいたのだが、定年で退職した。ただ社員大工だけでは現場大工仕事がまかなえないので、常に数名の臨時の大工を雇用している。いわゆる一人親方といわれる大工さんであるが、弊社の重要な戦力となっている。
    基本は社員大工で、お客さまから安心して依頼がいただける直用施工体制として、ホームページに名前と顔写真とコメントを掲載している。新しい現場に社員大工が行くと、お客さまの方から名前を呼ばれることがあるという。
     私は若い時より、大工は一から育てなければ職人集団としては強固な企業にならないとの考えのもとやってきた。日本経済が高度成長期のころは、大工になる若者は少なく縁故や組合訓練校の紹介などで見習生を雇い入れても、中途で辞めていく若者が多かった。毎年募集するのだが続かない若者をはらただしく思ったものだが、今から思うと受け入れ側の体制が出来ていなかったのだと思う。
     職業として大工を志す若者は、今でも少なく、近年は高知の工業高校から来てもらっている。見習生は、毎水曜日の訓練校と月2日の大阪の育成塾に通い、現場の作業日は月15日としているが、会社としては労基法上、労働者として給与は規定どおり支給している。総務や不動産部の社員と同じ給与体系であるので、社内では経営上労務原価に矛盾が生じている。
     地方から単身で見習生となった若者は、賃貸住居費や生活費を思えば給与は小遣いではすまなく、17万円程の初任給を支給している。
     見習生を一人前に育てるには会社の負担は相当重いものがあり、社内で新たな見習生を受け入れたくない雰囲気が常に発生するが、押し切って育てている。
     大工として仕事が出来るようになるには人によって違うが、最低5年はかかる。2年前に総務に入った新卒社員は1年程で仕事が出来るようになった。パソコンを使いこなすことが出来たら事務の仕事は大方出来る。不動産部に入った社員はもう少しかかるが、大工の場合は様々な作業を能率よく正確にこなす迄は、手間賃を正規に請求できない。
     弊社で現在大工棟梁として育った中川君は、8ミクロンの鉋ぐずを出すことができるまでに技術を高めた。鉋から出る1000分の8个虜錣蟠は、真綿のように紡ぎ出て、手に包み込んでもかすかな音さえ出ない薄さで、透かしてみると樹脂の細胞が見えるようだ。
     今の公教育は普通教育のみに重きをかけていて、現実社会との結びつきを軽視し、町場の建設技能労働者の育成は、われわれ零細事業者にまかされている。職業訓練を公教育から放逐して、社会に一定必要な建設技能労働者の教育・訓練・育成が出来なければ、だれが町場の建設需要に応えていくことが出来るのだろうか。プレハブメーカーやハウスメーカーの手間請け仕事しか出来ない、まともな鉋削りもままならない、取り付け大工しか残らないのではないか。
     30年程前に入った見習生2人は、大工として一人前になったあと、20代で二級建築士の資格を取ることをめざして育て、30代で一級建築士となった。現在は現場で設計施工管理業務をこなす、頼もしい人材に成長してくれた。業務のかたわら休日・夜間に専門学校に通って、一級建築士に挑戦したのである。
     社内共育で育った3人の一級建築士および一級施工管理技士、その他の資格あわせて現在は技術技能の役職員15名で136の各種資格者集団となった。弊社では、資格に挑戦する場合は、試験前は残業をなくしたり専門学校の学費の半額を補助し、合格すると資格登録費用等は会社負担の制度をつくっている。
     あるとき、中卒で入社した社員が永年の勉学でついに一級建築士に合格した時、次は何をめざすのかと問うと、「社長、もう勉強はいいです。」としみじみ話した。20代から15年間、昼間の仕事に加え、休日・夜間の勉学に本人はつくづく疲れたと。
     わが社は永年に及んで技術と技能を兼ね備えた、大工育成と技術者養成を続けてきた。自覚的なものづくり集団を育てることによって、施工会社としての基礎が築かれたと思っている。これからも人を大切にして次世代につなげていくことで、私の経営責任を果たしていきたいと思う。

    人見 明

     

    男65歳高齢者

    2012.10.26 Friday

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     今年9月の誕生月を迎えてから年金定期便が来るわ、保険センターから高齢者予防接種のお知らせが来るわで、極め付けは、介護アンケート調査だった。「杖が必要ですか?トイレは一人で行けますか?立ちくらみがありますか?」2枚の用紙にびっしり質問項目があり頭にきて無視しょうとしたら、妻にちゃんと書いたほうがいいわよと言われ、渋々記入して投函した。そして送られてきたのが介護保険被保険者証である。
     私はいまだ現役で仕事をしているので、年金ももらっていないし、まさか介護の世話になるとは思いもしていなかったが、誕生月が来てからとたんに高齢者扱いされている。毎月の給料明細から厚生年金保険料・健康保険料・介護保険料合わせて10万円近く引かれているが、病院で世話になるのは年に一回程度、歯医者で歯石を取ってもらうくらいだ。
     介護保険料もこの10月より会社負担が半額あったのが、全額個人負担となり2割ほど引き上げられた。まだ仕事を続けねばならない責任がある私にとっては、このまま仕事を続けていたら、何時までたっても年金ももらえず公費負担だけが重くのしかかる。
     朝は会社に営業社員より早く入り、社員にはある年休も取らず、月に一・二度の日曜当番もこなしている。しっかり仕事をしている私に、「社長は休まないのですか?」と言われるくらいなのに、行政は65歳の誕生日が来たら高齢者扱いをしてくる。
     2011年の日本人の平均寿命は、男性79.44歳となり、前年比で0.11歳縮んだことを厚生労働省が公表した簡易生命表で知ったが、平均寿命が縮んだのは、2万人近い死者が発生した東日本大震災という特殊要因が原因で、高齢化という趨勢そのものは不変といわれている。
    日本人の男性寿命80歳として、私もあと15年の命と思うとなんとも残り少なく淋しくなってくる。毎晩酒は旨いし煙草は吸うし、夜はインターネットで囲碁や麻雀を楽しんでいる。また様々な社会活動に熱心に取り組んでいる。そんな私を高齢者扱いするのは許せない。
     しかし、ここ最近、やはり歳を感じることもある。お昼ご飯を食べた後、来客もなく手元の冊子などを読んでいるとついウトウトしてくる。会社でうたた寝をすることは社員の士気にかかわるので、そのようなときは何か用事をこしらえて眠気覚ましに外出するようにしている。
     また、明け方に小便で目が覚め、前よりもだいぶ早起きになった。朝刊が来るのを待っていることもある。そんな訳で会社に一番乗りをしているのであるが、私の同級生のうち、勤め人は、ほとんど60歳定年で、皆ぶらぶらしている。彼らは犬の散歩をしたり、テレビの番をしていると自嘲気味に云う。自営業の同級生は皆元気に仕事をしているが、それでも午前中しか営業しない散髪屋や歯医者もいる。
     この前、同友会西京支部のOB会があり、約20年ぶりに逢う懐かしい顔が揃った。呼びかけ人が社長を後進に譲って会長となったので、同友会の籍も無くなり淋しくなってOB会がもたれたのだ。前期高齢者に入る年令の面々であった。
     現役で今も仕事や同友会活動も頑張っているのは参加者のうち半分くらいであったが、その当時の支部長は今は料亭を息子に任せて、田舎で悠悠自適の野菜づくりを楽しんでおられる。事業継承を完了された方も何人かあったが、中には70歳になったのにバブル時代の設備投資で、今だに会社の借り入れが大きくあり、次の世代にバトンを渡せないとおっしゃる方もあった。
     OB会がお開きとなって、帰路、一人先斗町を歩きながら思った。歳は前期高齢者の仲間に強制的に入れられたが、企業経営における精神年齢はいまだ若い志を今も脈々と持ち続けている。会社も度重なる設備投資による借入返済の重荷を、継承者である長男が果たして背負いきれるのか一抹の不安もあるが、あと暫らくは私も頑張って道筋をつけてからバトンを渡したい。

    人見 明

    もっと自然素材を

    2012.09.05 Wednesday

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     私たちは、人生の大部分を家の中で過ごします。
    家は、私たちの暮らしを支えていると同時に、そこに住む人々の健康を守り、未だ見ぬ子孫たちの安全をつくる場所でもあります。
    住宅と言えば、これまで地震における耐久性、居住空間としての快適性といったことが、大きなウエートを占めていましたが、住宅の内部に使用する材料による室内空気汚染も大きな関心事となり、マスコミ等でも取り上げられました。
    シックハウス症候群、アレルギーといった、いずれも人類にとっては新しい病気であり、現象です。


    シックハウス対策として
    毒性の強い化学物質の使用禁止、人体に悪影響を与える接着剤を用いた建築材料の使用制限、居室内設置の換気設備による屋外排気等といった、法改正が行なわれました。


    化学物質を使わない素材への転換
    新築やリフォームには、予算との相談がつきものですが、出来る範囲、自然素材を取り入れ利用したいと私たちは思っています。
    自然資源を利用した物は、人体に悪影響を与えません。
    木そのものが、呼吸することが出来ます。
    調湿、調温の効果も期待できます― もともとこうした伝統的な技術が代々ありました。
    こうした住環境を取り巻く現状の認識を私たち自身が注意し、家づくりにおいては、その素材を熟考しながら選択、提案していかないといけないと考えています。
    人生最大の買物である・“住宅づくり”を素晴らしいものにするために、私たちは住宅と健康についての環境づくりを目指したいと考えています。

    小谷 勝男

    初めての仕事

    2012.03.06 Tuesday

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     私は20歳の時に、修行のため、単身長野県の山奥で東京の方の別荘を建てることになりました。日頃地元の友達と楽しく過ごしていた私にとっては、突然島流しを言い渡された思いでした。
    建物はフィンランドからの直輸入ログハウスのため、英語の苦手な私にとっては図面を理解することが、大変でした。
     一人で四苦八苦しながら大量の資材を使い、20日間かかって基礎が完成。コンクリートが乾いた頃に、大きなコンテナで部材が到着しました。積荷を降ろさないと運転手も帰れないので、地元の方たちにも手伝ってもらい、家一軒分の材料を1日がかりで運びました。
    指導係としてフィンランド人の大工さんが来てくれましたが、お互い片言の英語のため、コミュニケーションをとるのに苦労しました。
    建方初日に問題発生!地震の多い日本では常識である、基礎と建物を金物で固める作業が面倒なので不必要だと言われました。そうです。フィンランドは地震が少なく建物を置くという考え方なのです。
     その後もジェスチャーを交えながら屋根工事が完了。後は一人でコツコツ内部作業を仕上げ、延べ3ヶ月かかり立派な別荘が完成しました。
    一人でやり遂げたことが自信にもなり、今の自分があると思います。
    私たちはお客様1人1人考え方が違うのですから、その方に合った最高の家造りのお手伝いができればと考えています。

    人見 毅