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2016.02.12 Friday

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    木は生涯に二度大仕事をする

    2012.01.28 Saturday

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     久しぶりに伐採現場の山に入り、用材を見てまわった。依頼主から今度の普請に付近の山の木を利用して下さいとの注文である。雑木もある山であるが、使える杉桧を見て回った。
     切り株の年輪を数えると100年生がわずかにあった。桧の100年生で元口の直径は50冂、8mの大黒柱をとる末口は30兌紊任△。 製材すると直径の7掛けで何とか21儚僂梁膵柱が取れるようであったが、真っすぐで枝が少ない良材は数えるばかりであった。永年手入れしていない山の木はこんなものである。
     木という素材は、その生涯に二度大きな仕事をしてまた自然に還っていく。一度目は山で立っている時で、二度目は切られて人間に役立っている時である。国土面積の67%が森林である日本の森の効用を考えてみると・・・・。
     第一に、地球温暖化の最大の要因である二酸化炭素(CO2)を吸収し、地球の生物を育む酸素を排出することにある。光合成と呼ばれるこの作用は若木である樹齢50年から60年でピークを迎え、100年を超えると殆どなくなるが、閉じ込められた炭酸ガスは、木材として存在している間は持ち続け、生涯を終えて自然に還る時は大気中に放出し、次の若い木に引き継ぐ。
     二酸化炭素は産業革命の前までは、大気中の濃度が280ppmであったものが現在では360ppmと増加した。このため地球温暖化により海水面の上昇による沿岸域の海化や島の消滅などの異常気象が観測されている。
     第二は、土壌を育てることにある。特に常緑広葉樹(照葉樹)は良質の水を育み、落葉広葉樹は葉を枯らして落とす。この葉が有機物を豊富に含む土を育て、水を豊かにするだけでなく、風に飛ばされたり、水に流されたりして平野の土を豊かにし、実りをもたらしてくれる。豊かな森から運ばれた養分を含んだ水は大海の沿岸漁業を育むのである。(コンクリートの川は、海に直行させるので平野の土は豊かにならず、地力を低下させる。)
     第三に、水源涵養とう保水能力を持っており、降った雨を貯え、浄化して少しづつ放出する力を持っている。ハゲ山や人工林の山は鉄砲水を流すが、雑木の森林ほどこの保水能力が高く、水の浄化力が優れている。ブナの大木は一本で、三反の田を潤す水を貯えると言う。
     第四は、森林は地球の生態系を養っているのである。多種多様な木が花を咲かせ、実を結び、微生物から小動物を養い、それをまた人間や動物が食べて生命の循環をしてくれる宝庫で、四季の変化を通して人間の感性さえも育む役割を果している。
     このほか、樹木は自らを外敵から守るためにフィトンチットという芳香物質を出しており、人体にも効用をもたらしてくれるし、森林の中は、自然のゆらぎとマイナスイオンに満ちて、森林浴等と言われるようにリフレッシュの最良の場ともなっている。
     木が生涯に行なう二度目の大仕事は、伐採されて木材製品となって人間生活を支えてくれることにある。建築用材から家具材、端材は燃料として生活の隅々にまで貢献している。
     木は成長した年月と同等の期間以上の耐用利用が出来る。50年生の木は住宅の柱となり、100年の木はその大黒柱となり、500年の木は堂宇の心柱となる。木は生きた年月と同等の期間、死してからその性能を失わずに活用されている。木材は伐採後200年ぐらいまで強度を増していき、それ以降は穏やかに強度を保ってくれる。鉄は酸化をして錆びて姿を消していく。コンクリートは風化をして姿を粉々にしていく。木は500年、千年とその姿を変えずに生き続けるのである。法隆寺改修工事の際、大切に残されている古木に鉋をかけた時、現われた木肌から芳しい桧の香が出てきた。1300年前の古材は年輪を数えれば、同等の時を刻んで生きているのである。 木材は使い方によって世界中で最も寿命の永い材料といえるのではないだろうか。

    人見 明

    不動産取引現場レポート

    2012.01.07 Saturday

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     皆様は、「人見建設」と聞くと「工務店かな?」と思われる方が多いと思います。実際、数十年来のお客様でも「不動産もやっております」と言いますと、「えっ!不動産もやっているの?」と驚かれることがしばしばあります。今回は知られざる(?)不動産取引現場をレポート致します。とは言っても、守秘義務(宅建業法45条、同法75条の2)がありますので、差し障りのない程度にご紹介致します。
    以前にご縁を頂いたA様は、自営業者である義兄の商売が上手くいかず、保証人になることを承諾しました。しかしその後、義兄は廃業。A様はご自宅の処分を余儀なくされました。ところが、販売前に調査した結果、土地建物の名義が亡くなられた父名義のままで、相続登記が完了していなかったことが判明。何とか相続登記を完了した頃には、兄弟間で相続争いが激化し、やっとこぎつけた契約時には顔も見たくないという有り様でした。
     非常に厄介な取引でしたが、誰より気の毒だったのは、A様の子どもたちです。学校を替わり、長年住み続けた我が家から貸家住まいを余儀なくされた子どもたちですが、今では逞しく、元気に過ごしておられます。
     次にご紹介するのは、今の時世を反映する取引事例です。B様は自宅と店舗を売却して更に大きな物件を購入しようとお考えでした。販売開始後、店舗の方に買主が見つかりましたが、もう1軒の自宅が売却出来ないことには、恐くて繋ぎ融資も受けたくないとのB様の意向だったので、自宅の販売に力を注ぎました。しかし、特殊な地形だったため難航。そうこうしている内に、店舗の買主の熱が冷め、キャンセルされてしまったのです!
     仕切り直しで自宅1軒のみの販売に切り替え、ローンを組んで購入することにしました。
    ところが、売却の遅れは物件購入にも陰を落としました。B様の希望物件は、不良債権物件であったため、金融機関は早急な処理を求められていました。それなのに購入希望から1年という長い月日が経っていたため、一時は金融機関も痺れを切らし、新たな買主へ売却の話を勧めたこともありましたが、その話は思うように進まなかったようで、最終的には、こちらの希望額で購入ができました。
    金融機関との粘り強い交渉が、支店で稟議を通して本店での幹部会議の承認にまでこぎつけたのです。
     今振り返ると、困難を極めた取引が無事成約できたのは、購入可能なギリギリのラインでの価格交渉に成功したことが大きな要因であったと思います。
     不動産取引には、全く同じ取引というものはなく、物件が変わり、それに関わる人が変われば、また、予想もつかない様な事態も多々起こります。不動産の売却、購入といえば、進学、就職、結婚と同じく人生の岐路に立つ選択といえましょう。
     そのような大変な決断を下すお客様のお力に少しでもご協力出来るよう日々業務に励んでおります。

    石原 淳

    課長の定年退職

    2011.10.26 Wednesday

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     この10月で幹部社員の女性総務課長が定年退職を迎える。永年の貢献に応えたいと、役員会は退職金制度が出来てから、初めての規定退職金を上回る金額を支給することを決めた。
     社内の慰労会は退職月の月末に先斗町の「山とみ」で行なうことが決まっているが、勤務日最後の20日をどのような気持ちで迎えるのかと思うといたたまれなくなり、「20日の夜は空いていますか。」と声をかけると「ええ、空いてますけど?」の返答に勤務最終日の夜、一緒に食事をしょうと誘った。妻も同席し、高台寺ちかくの料理屋でささやかに慰労することが出来た。
     課長が弊社に来てくれたのは、私の父が1987年2月2日、脳梗塞で突然倒れ、母もその看病で病院通いの毎日で困っていた時であった。課長就労記録にはその15日後の2月17日とある。
     当時、父は現場に出られない体調ではあったが、事務所に居て経理と受け付け連絡をしてくれて助かっていた。 その父が突然いなくなり困り果てた。何とか事務所に居てくれる人を探さねばと、知り合いにお願いをした。
     個人タクシーの組合事務局の柴野さんに事情を話すと、友人の妹が東京から帰って京都で就職先を探していると聞き「ぜひとも、宜しくお願いしたい」と頼みこんだ。
     暫らくして柴野さんの友人の料飲組合の事務局に勤めておられる方から「妹を行かせます。」との連絡にほっとした。
     来られるのを今かいまかと待ち望んでいたその日、スーツ姿の端正な女性が来られた。こんなむさ苦しい所に場違いなレディーにとまどったが、簡単な挨拶のあと、早速彼女にあとを託して現場に飛び出した。 夕方事務所に帰ると、せっせと事務仕事をしてくれていた。次の日、「おはようございます。」と出社されて安堵した。社員・職人は新しく入社事務職員に戸惑っていたが、すぐに打ち解けてくれた。
     その当時、私は30代後半で、専務や主任監督とともに現場管理と職人の手配、下請けの段取り、施主との打ち合せ、設計見積もり等をこなしていた。今から思えば私の職業人生で一番忙しい時であったように思う。
     てきぱきと経理業務から現金管理、書類作成をこなしてくれる彼女に、私は本当によい人が来てくれたと感謝した。
     その後、業績は拡大して、世の中はバブル景気に突入し、総務経理事務も繁忙をきわめ、翌年にもう一人の事務職、さらに翌年にもう一人が入社した。事務所はこれ以上机を置くスペースもなくなり、移転せざるをえなくなり、同じ移転をするのであれば、寺町通りに出たいと物件探しをしたが、バブル景気で地価はうなぎ登りの高騰を続けていた。それでも今が買い時とばかりに坪1千万近い金額で現在の本社土地を購入した。
     新社屋を建てる計画を話すと、課長は弊社を退職し新社屋の一階を借りて画廊経営をしたいと言い出した。建築会社の経理事務で仕事人生を終えるのがあわないと思っておられたのかもしれない。
     竣工後、一階本社で課長は画房「千」を開店した。しかし2年後、バブル経済崩壊が始まったとき 、画廊経営は思うようにはいかず画房は閉鎖され彼女の夢は潰え去った。
     復帰されることを願っていた仲間は、再び会社にもどってきた課長を暖かく迎えた。
     それから20年が経った。 バブル崩壊後の厳しい時代、消費税5%引き上げによる建設不況、建設総需要抑制と続いた失われた時代と言われた日本経済の20年を共に頑張ってきた。
     課長が弊社に残した成果は、総務経理業務を全て社内で自己完結出来る体制を創って頂いたことにある。また、私の暴走をいさめる苦言も時として言ってくれるすばらしい友であった。一緒に仕事が出来た期間、共に苦労も乗り越えてきた課長に心から感謝の言葉を送りたいと思う。

    人見 明

     

    京都の活性化提案

    2010.12.27 Monday

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      この前、「京都経済の発展をめざして」と銘打った会合に参加した。京大教授の基調報告のあとの討論を聞いていて、一向に前向きな提案がないので、思いつくまま次のように発言した。
     「京都を活性化するとか明るくすると云うならば、高齢化による都市の中の限界集落、人が住まなくなった地域の解消をはからなければ、根本的な解決にはならない。そこで無住家屋をいかになくすか、空き家の解消をはからねばならない。そのためには空き家にしている所有者に対して保有コストを掛けることが解決の端緒になる。」と発言した。
     京都市の人口146万にたいして世帯数は68万、住宅総数は78万戸ある。しかし空き家は11万戸と 14%に昇る。清水寺のある東山区では20.3%と高く、学区によっては25%と、5軒に1軒は空き家となっている。
     そのような空き家は、近年増加傾向にあり、空き家の増加は人口減を招き、地域ににぎわいを消し、地域の安全を脅かす恐れがある。
     京都市は空き家解消に向けた本格的な対策をと、本年度から初めて調査に乗り出した。最も空き家率の高い東山区六原地域では空き家のうち、賃貸や売買の対象として不動産市場に流通しているのは5%のみだった。
     なぜ、このように空き家が多く発生するのか。その原因に所有者は売った後、貸した後にも責任感を感じる、「誰にでも貸して町内でトラブルが起きたら困ると思うから」と云われる。また、将来子供世帯が住むとか、今の住居が狭いから荷物置場にしている。貸しても出ていってもらうときにトラブルになるのが嫌だから空き家にしている。相続で共有所有者となり、仏壇置場になっている。貸すにも改修費用がかさむと云った事情が見えてくる。
     今の所有コストは小規模土地には弱者救済の見地から非常に低くされている。本来なら土地にかかる固定資産税は固定資産税評価額の1.4%であるが、200屐複僑按據飽焚爾鷲床然曚裡曲の1に軽減されてる。都市計画で市街化区域内に課税される都市計画税も評価額の3分の1で税率は0.3%となっている。
     たとえば固定資産税評価額坪30万円で30坪の土地の本則の税金は、
    30万円×30坪×1.4%+30万円×30坪×0.3%=15.3万円のところ、軽減措置で30万円×30坪×1/6×1.4%+30万円×30坪×1/3×0.3%=3万円となる。
    ざっと5分の1である。ちなみに固定資産税評価額は土地時価の半分ほどである。
     建物は空き家の場合、築年数が相当経っている場合が多いので減価償却されて低税額が多く、たいした額にはならない。空き家にしていても所有コストが低いことが安易に空き家を生んでいる要因といえる。小規模住宅なら年間数万円の固定資産税で、やっかいな事を背負い込むよりも空き家にしているのではないか。
     そこで、「空き家の固定資産税や都市計画税は本則の税額にして、居住している家屋の土地軽減を現在6分の1のところ10分の1にするとよい。」と提案した。空き家からは5倍の税額を徴収し、そのかわり居住家屋からは本則の16.6%課税標準(6分の1)から10%に引き下げるのである。 この提案に会場からは拍手がおこった。
     様々な理由で空き家として放置している所有者は、5倍に跳ね上がるコストに耐えられず、賃貸にだしたり、売却したりするために家屋が不動産流通にまわるだろう。そして一刻も早く新しい住人が来ることを願って民間家賃相場が下落し低所得時代の、住居を求めている人々が住まいを得ることが出来る。
     また、現状では改修しなくては適さない家屋の改修工事が発生し町並みは綺麗になり、火災や災害の心配がなくなるだろう。荷物置場にしていた家屋は、荷物を整理して人の住まいとなるだろう。そうして段々と空き家が無くなっていけば、地域に人が増え賑わいが還ってくる。富裕層がセカンドハウスとして購入するマンションの空き室も無くなり、幽霊マンションも影を消 すだろう。 老人の比率が高い地域ほど空き家が多いことが解消されれば地域は若返る。
     また、遅々として進まない耐震改修も促進されるだろう。2009年京都市土地統計調査によると、耐震改修工事をした持ち家は3.3%の1万1390戸である。耐震診断をしたことがある持ち家は10.9%にとどまっている。国・市も住宅の耐震改修への緊急経済対策支援として、従来からの耐震改修補助金60万円、京町家は90万円に最高30万円を上乗せ補助とし、空き家の所有者も助成対象者として使えるようになった。11万戸の空き家に人が居住することになれば、危険な家屋はそれだけ減少することになる。
     ほとんどの空き家が無くなれば、10%に引き下げた居住住宅土地課税の減収はどうなるか。バブル時を思い起してみると、投機目的で購入した土地が値上がり待ちで更地が市内いたるところに出現し都市砂漠といわれた状況に対処するために、特別土地保有税がかけられた。低容積率利用の場合、取得価格の3%課税である。固定資産税評価額ではない3%は大変な重課である。見てる間に更地は2段式駐車場に様変わりをした。税制が値上がり待ちの有効活用しない土地取得にブレーキをかける狙いで、投機目的の土地取引を牽制したのである。弊社も資財置場に取得した土地がその対象になり、急遽、看板を建て工作物の確認申請を出し完了検査を受け、活用土地として課税を免れた事がある。このように、税制が誘導すれば、空き家解消に有効に働くのである。
     なによりも5軒に1軒が空き家ということは行政効率からみても異常である。効率優先の時代にたとえ空き家であっても、満遍なく様々な都市の行政サービスは及ぶのである。
     住民が戻れば地域は賑わい安全が増し、住民税も増え税収の均衡はとれると思うのだが、どうだろうか。
     京都市では倒壊家屋の代執行をこの前にしたが、その前に空き家の税金を上げていく方が良いのではないか。空き家問題が解消したら、居住している家屋の土地にかかる税を10分の1(― 6.6%)に減額した場合の全体の税収は、新しい住民の所得課税で、大体釣り合うのではないかと思っている。

    人見 明

    本社の増築工事

    2010.07.25 Sunday

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        念願の隣地を購入し本社増築が進んでいる。
       今の会社は1階が営業、2階が総務経理、3階が工務、4階が設計と会議室、と縦に伸びたエレベーターがないペンシルビルで、誰が何処にいるのか判らない。私は1日何十回と上がったり降りたりしている。
       最近専務が足を痛め3階の工務へ上るのに難儀している。コピー複合機も各階に1台あり、経費的にも無駄が多い。多人数になる契約商談などは、4階に階段で上がってもらわなければならない。杖をついたお年寄りに上がってもらったときには心苦しい思いをした。不便この上ない構造であった。
       狭い敷地いっぱいに建っているので自転車置場もなく、歩道に置いているが、この付近も近々、放置自転車禁止区域に入れられるので、敷地内に自転車置場をつくらねばならない。
       そもそも、寺町通りに移転したときは、90年バブル絶好調の時で、大きな土地が買える訳がなく、今回はその1/4の坪単価で隣地を購入し、2倍半の敷地となった。90年購入の時、お隣に境界線で立ち合いをお願いしたときに、将来売却されるときには一番に声をかけてほしいと言っていた。それから20年が経った。
       春から始まった工事は、ほぼ完成に近づき、8月末には事務所移転も完了する。
      毎日出来ていく隣の工事の仕事ぶりが楽しみで、工事が始まってからは9時出勤の私も8時前に行っている。早い職人は7時半頃には入っており、仕事前の段取りや一服を楽しんでいる。
       建築工事は多くの専門職の集まりで一つの建物が出来ていく。それぞれの専門職が自分の果たすべき仕事をきっちりと納めて、次の職種工程へつないでいく。工事現場は自動車工場で言えば部品を次々と取り付けていく組立てラインのようなものである。
       若い足場職人はてきぱきした仕事ぶりで、鉄筋職人は今回、同友会で知り合った新しい業者に頼んだ。雨が降り続いている中、黙々と基礎鉄筋を組立てている。こんな雨でも仕事を続けているのに感心し尋ねると、「雨で底が池になるまでは、帰ったら怒られる。」と。
       基礎工事が終われば鉄骨職人は工場で加工してきた部材を組み立てていく。鉄骨工事が完了すれば建物の輪郭があらわになり、その骨組みに外壁のALCを取り付ける職人がはいる。重たいALCを道具を使ってはめこんでいくと外壁が完了する。
       ここまでで躯体が出来上がり、これからは各職が入り乱れて現場に入ってくる。朝の現場前は材料や道具の搬入でごったがえしている。商店街角地で通学路にもなっているのでご近所にも気を使う。この工事の為に、近所に職人のための駐車場を借りたりもした。
       屋根職人、金属建具職人、間仕切りやボードを貼る軽天職人、大工職人、左官職人、塗装職人、内装職人、タイル職人、シール職人と、各職が入ることによって建物は完成に近づいていく。
       その間隙をぬうように各設備業者が入る。エレベータの組立職人二人は、半月も狭い穴の中で重たい部品を組立てている。電気職人、給排水職人などが、工事の進み具合に応じてうまくやってくる。
       私も28才ぐいまでは現場で働いていたのでよく判るが、現場職人はみんな善い人たちである。自分の仕事にプライドを持って納まりを考え、次の工程に支障がないように仕事をしている。職人に感謝の毎日であるとともに、工事代金をきっちりと支払えるように経営者(発注者でもある)責任を全うしたい。

      人見 明